刺激的で、読むのに忙しい本であり退屈はしない
しかし、この本を退屈せずに読むためには、ボードリヤールやハイデッカーなどの形而上の考えとおつきあいをせねばいけなく、そのためにはそれなりのスキルと忍耐が必要であり、そこが難点。きっと編集者の助言でかなりわかりやすく書き直したんだろうが
さて、この本で著者が言いたいことを日常生活で喩えれば、テレビばっかり見てるとバカになるから、本を読んだり、美術館に行ったり、文化的な生活を楽しみなさい、そうすれば退屈も楽しめますから。しかし、こう書いてしまうと、よくベストセラーの新書にある年長者の説教と変わらず、読者は説教の奴隷となってしまい、むなしさのたこ壷から抜け出すことはできない。と言うようなことを著者は言いたいのだろうか
ちなみに、テレビだって捨てたもんじゃなくて、プロデューサーの奴隷になって泣けと言われれば泣くのではなく、どうしてプロデューサーは泣けと言うのか・・、もし僕たちが泣くのに飽きたらプロデューサーは次に何と言ってくるのか・・、このプロデューサーは魂を会社にあずけた動物ではないのか・・、そして自分は動物に魂をあずけた動物ではないか・・、結局悪いのはテレビではなく魂をあずけることではないのか・・。というような筋の喩え話から本は始まり、延々と寄り道をして同じ場所に戻ってくる、哲学ってやっぱり暇だな〜
しかし、この本を退屈せずに読むためには、ボードリヤールやハイデッカーなどの形而上の考えとおつきあいをせねばいけなく、そのためにはそれなりのスキルと忍耐が必要であり、そこが難点。きっと編集者の助言でかなりわかりやすく書き直したんだろうが
さて、この本で著者が言いたいことを日常生活で喩えれば、テレビばっかり見てるとバカになるから、本を読んだり、美術館に行ったり、文化的な生活を楽しみなさい、そうすれば退屈も楽しめますから。しかし、こう書いてしまうと、よくベストセラーの新書にある年長者の説教と変わらず、読者は説教の奴隷となってしまい、むなしさのたこ壷から抜け出すことはできない。と言うようなことを著者は言いたいのだろうか
ちなみに、テレビだって捨てたもんじゃなくて、プロデューサーの奴隷になって泣けと言われれば泣くのではなく、どうしてプロデューサーは泣けと言うのか・・、もし僕たちが泣くのに飽きたらプロデューサーは次に何と言ってくるのか・・、このプロデューサーは魂を会社にあずけた動物ではないのか・・、そして自分は動物に魂をあずけた動物ではないか・・、結局悪いのはテレビではなく魂をあずけることではないのか・・。というような筋の喩え話から本は始まり、延々と寄り道をして同じ場所に戻ってくる、哲学ってやっぱり暇だな〜
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