南欧の国々は明るく陽気だと言われるが、彼らだって悩みはあるし、影だってある
スペインもポルトガルもギリシャも1970年代まで独裁国家だったし、
スペインは国内の多様な文化であるバスクやカタルーニャを認めなかったし、
ポルトガルはアフリカの植民地を手放さなかったし、
ギリシャは隣国キプロスへ侵攻した
そんな南欧のポルトガルの影の雰囲気に満ちたお話
人間の負の部分が語られ、嫌な気分になりながら、挫折しそうになりながら、最後まで付き合うと、なぜか愛着まで湧いてきて、あら不思議
生きとし生けるもの、悩みがあり、影が無い方がおかしい
スペインもポルトガルもギリシャも1970年代まで独裁国家だったし、
スペインは国内の多様な文化であるバスクやカタルーニャを認めなかったし、
ポルトガルはアフリカの植民地を手放さなかったし、
ギリシャは隣国キプロスへ侵攻した
そんな南欧のポルトガルの影の雰囲気に満ちたお話
人間の負の部分が語られ、嫌な気分になりながら、挫折しそうになりながら、最後まで付き合うと、なぜか愛着まで湧いてきて、あら不思議
生きとし生けるもの、悩みがあり、影が無い方がおかしい
コメント
キプロスには友人がいて、2回か3回行ったことがあるのです。
言われてみれば、キプロス紛争はトルコが侵攻したような気がしてきて、調べてみました
ウィキによると、ギリシャ軍事政権がキプロスのクーデターへ介入して、これに反発したトルコが軍事侵攻した
侵攻したのはやはりトルコ!?
歴史って難しいですね、攻めた攻められたの繰り返しで、どちらが先と言い始めると鶏と卵になってしまって
この小説はそんな揉め事があっても、人は変わって土地は残るという話だったような。この記憶もおぼろげだ!
友人はギリシャ系のキプロス人なのですが。子供の時にキプロス紛争で生まれ育った村を追われて難民キャンプ(とは言ってもキャンプではなくちゃんとした家)で育ったと。でも国境越しに今でも生まれた村が見えると指差して見せてくれました。私が行った時はキプロス人はその国境は行き来できなかったのですが、その後(おそらくEUなどの影響かな)キプロス人も国境を超えてトルコ側へ行けるようになり、住んでいた家も訪ねることができたと泣きながら言ってました。
国境の向こう側にモスクと教会の尖塔が見えたのですが、当然ながら紛争前は両方あったんですよね。ユーゴスラビアもそうですが、隣人同士だったのが敵味方に分かれるって残酷・・・・と言葉を失ったのを覚えています。
今年もアゼルバイジャンとアルメニアで揉めていましたね。知らない国のことでも、ニュースで聞いただけで悲しくなる。ましてや友人が当事者なら…
話は変わりますが、ビーチリゾートに行ける時代に戻ると良いですね
行ったことはないですけど、キプロスにもビーチリゾートがあって、少し前まではロシア人に人気があったと聞いてます
地中海か、コロナですっかり遠くなりましたね
キプロスはいわゆるタックスヘイブン的にロシアの裏の金が集まる場所になってしまいましたよねぇ。キプロスでは毛皮のコートなんて着ないけどロシア人向けにそういうショップがたくさんできてたのを覚えています。
ビーチは本当に本当に美しい、夢みたいなビーチがあるんですよ。いわゆるヨーロピアン・リゾートで、旧宗主国のイギリス人もたくさんきてたし、もちろんロシア人も!
私が最初に行った時はEU加盟前だったので、物価も安くて、パンの価格が政府のコントロールでかなり低価格に統制されているようなのんびりした国でしたが、もう随分と変わってしまったんだろうなぁー。もう一度行きたい。
ギリシャも、スペインもポルトガルも、行きたいですーw